「浅ましく下れる」くらいがちょうどよい-西鶴の俳諧と遊びの精神-
(博多人形、勇造作「驟雨」)
//////////////以下、かつて書いたものですが、再掲します
井原西鶴は、江戸時代の元禄期、大阪で活躍した文学者である。つとに浮世草子作者(小説家)として有名で、代表作に『好色一代男』や『日本永代蔵』『世間胸算用』などがあるが、彼の小説はあくまで手すさびで、本業は俳諧師であった。その西鶴が、俳諧でどのような世界を作り上げようとしていたのか。これはいまだに謎である。もとより父母兄弟や家系など全く分からない謎だらけの西鶴のことだから、俳諧が謎だとしてもちっとも驚くに値しない。ところが、この俳諧の謎は他の謎と趣を異にして、いささか重要な謎なのである。それは、西鶴と同時代に活躍した、あの松尾芭蕉が西鶴について次のような言葉を遺しているからである。
先師曰く、世上の俳諧の文章を見るに、あるいは漢文を仮名に和らげ、あるいは和歌の文章に漢字を入れ、辞あらく賤しくいひなし、あるいは人情をいふとても、今日のさかしきくまぐまを探り求め、西鶴が浅ましく下れる姿あり。わが徒の文章は、慥に作意を立て、文字はたとひ漢字を借るとも、なだらかにいひつづけ、事は鄙俗の上に及ぶとも、懐かしくいひとるべしとなり(向井去来『去来抄』)
(現代語訳)芭蕉先生がおっしゃったことには、世の中の俳諧やその文章を見ると、あるいは漢文を仮名にして柔らげ、または和歌風の文章に漢字を入れたりするけれど、結局は言葉が美しくなく卑しいものである。また例えば人情を標榜するにしても、昨今のこざか…


